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ホームニュース解説 > どうする?「学校給食」(第1回)

ニュース解説

 学校給食
 小学校や中学校の新1年生となる子どもさんをお持ちの家庭では、4月の新学期に向け、いろいろ準備に追われていることでしょう。「まるかじりニュース」によると、学校給食では食育や献立の多様化と併せて米飯給食が増えているということです。また、鳩山・民主党政権の看板政策の「子ども手当」ですが、給食費の滞納分に充当できる制度を検討しだすなど、学校給食への関心を高めています。そこで、さまざまな角度から学校給食を探ってみました。

そもそも「学校給食」って、なに…?

 わが国の学校給食の歴史は古く、120年余り前にさかのぼります。1889年(明治22年)に山形県鶴岡町(現、鶴岡市)の大督寺境内に、鶴岡の各宗寺院住職の協力で私立忠愛小学校を設立しました。このとき貧しくて弁当を持ってこられない子ども達が多かったため、貧困児童を対象に地元の人々から寄せられた浄財をもって昼食を無料で提供したのが始まりとされています。
 そのころの献立は、「おにぎり、焼き魚、野菜物」です。野菜物は漬け物だったり、煮しめだったり、おひたしだったりと、日によって変化したようです。その後、校舎が焼失するなど困難に遭いますが、人々の熱意は高く忠愛協会を結成して、人々の浄財を恵まれない子どもたちの給食費にあてる活動を行い、1945年(昭和20年)まで続けました。
大督寺境内には1959年(昭和34年)に建立した「学校給食発祥の碑」が、今も残っています。
 「学校給食」はその後、徐々に各地に広まっていきました。1944年(昭和19年)には6大都市の児童約200万人に対して、米、みそなどを特別配給して学校給食が行われました。しかし、第2次世界大戦の激化で中断しました。

写真:わが国最初の学校給食の献立 (資料提供:財団法人千葉県学校給食会)

「学校給食」戦後の足取りは?

 戦後は、食糧難の中で子供たちの栄養状態が悪化し、学校給食実施を求める声が高まりました。その結果、1947年(昭和22年)1月から、米国の民間団体から無償援助を受けたミルク(脱脂粉乳)やトマトシチューで、全国的に学校給食が再開されたのです。
1950年(昭和25年)には米国から贈られた小麦粉で、8大都市の児童に初めてパンによる、主食と副食、牛乳のそろった完全給食が開始され、1952年(昭和27年)に小麦粉に対する半額国庫補助により、4月から全国の小学校を対象に完全給食が始まりました。給食は親たちに好評で、1954年(昭和29年)に「学校給食法」が成立・公布され、法的に学校給食の実施体制が整ったのでした。
 1976年(昭和51年)4月から、米飯給食が正式に学校給食制度に導入され、コッペパン時代に比べてメニューの種類がぐんと増えました。これ以降、米飯給食の回数は徐々に拡大。1999年(平成11年)からは自主流通米が使えるようになり、地元のおいしいお米が給食に登場するようになりました。
 現在、学校給食による教育促進の機運を高める狙いから、1月24日~30日までの1週間を「学校給食週間」と定めています。

給食とともに「食育」も言われるようになったけど…?

 朝食を食べないで登校したり、栄養の偏った食べ方をする児童や生徒が増えるなど、子どもたちの食生活の乱れや健康を取り巻く問題が深刻化してきたため、2005年(平成17年)7月に食育基本法が施行されました。子どもたちが、食に関する正しい知識と望ましい食習慣を身につけていくよう、学校で積極的に「食育」に取り組んでいくことになりました。
 栄養教諭を配置し、学校給食を「食べる場」だけではなく、「食育の場」として学習の幅を広げています。栄養や健康、食生活などを交えた食育指導だけでなく、子どもたち自身の農業体験や生命とのふれあい、地域の産業や社会の仕組みとしての農業生産、地産地消、米粉パン導入、地域の食文化や家庭の暮らしとしての郷土料理との出会いなど、実に多彩で独自な取り組みが展開されるようになってきました。
 やり方もいろいろで、児童や生徒たちが地元の農家やJA、地域の人々のところへ出向いて学習したり、生産農家や現場の関係者に学校に来てもらってお話をする「出前授業」や、子どもたちと一緒に会食する「交流給食」など、地域社会との協力や交流の輪も広がっています。

写真:児童らに学校給食用野菜作りを紹介する「食育畑」の若手農家

具体的にはどんな感じなの…?

 滋賀県湖南市立岩根小学校では、農家の協力で学校周辺に給食用野菜を栽培する「食育畑」を設けています。時には生産農家を招き、児童らに「食育畑」の写真や野菜の種なども見せてもらいながら、栽培状況や安全・安心な野菜作りの話を聞きます。そのあと、「食育畑」の野菜をたくさん使った特別メニューの給食を、感謝の気持ちを込めながら一緒に味わう「生産者との交流会」を行っています。
 愛媛県の四国中央市では2005年から毎年、市内の16小学校の児童たち(130人余)が一堂に参加して、4月下旬に「学校給食米田植えまつり」、8月下旬に「学校給食米収穫祭」を行っています。子どもたちが田んぼに入って、手作業で田植えや刈り取りします。収穫祭では、稲刈りの後、自分たちでおにぎりを作り、保護者や農家、関係者と一緒に学校給食米を賞味する「おにぎりパーティー」を行っています。
 さらに、最近の特徴としては、給食に米粉パンを取り入れる学校が増えていることです。農水省によると、給食に米粉パンを導入した学校の比率は07年度には26%と前年度より1ポイント上回っています。4校に1校以上が取り入れていることになります。04年度から増加傾向を見せているということです。
 地元農家やJAだけでなく自治体も積極的で、熊本県は09年度から、耕作放棄地対策を兼ねて県学校給食会に対して通常のパンとの価格差を補助して、県産米粉パンの導入を応援。週1回程度の米粉パン給食をめざしています。

第2回で昨今話題の給食費など、現在の給食について解説しています。
第2回はコチラから!

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